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野村と大和の株価接近が示すこと=川崎健(09/2/4)引用
 リーマン・ショックならぬリーマン・ディスカウント――。先週1月27日の2008年10〜12月期決算で3429億円に達する最終赤字を発表して株式市場を驚かせた野村ホールディングス。3日には一時、バブル後安値どころか1984年8月以来、四半世紀ぶりの安値水準となる557円まで下げた現在の野村の株価をこれほどうまく表現する言葉はないだろう。
 「昨秋に大見えを切って実行したのはいいが、野村のリーマンの部門買収は結局、世紀の大失敗に終わるのではないか」とは、米投資銀行幹部の弁。野村と日々ぶつかり合うライバルバンカーの発言だから割り引いて聞く必要があるだろうが、いまの株式市場が野村の経営に対して抱いている懸念はこのひと言に尽きる。
 それにしても、野村株の下げは突出している。感覚的に野村株の下げのきつさをイメージするには、業界2位の大和証券グループ本社との株価とのスプレッド(格差)を見るといい。
 過去20年以上にわたって野村は大和の株価をおおむね500円から1000円程度は引き離していたが、昨年10月以降は野村の下げピッチが大和を大きく上回る形で格差が急激に縮小した。野村の巨額赤字の発表後の1月30日の終値は593円の野村株に対し、大和株は504円。両者の格差は89円と、25年ぶりに100円を切った。
 この日はスプレッドが場中に一時75円程度まで縮まった。点滅する株価ボードをにらみながら、大和の社内は「もうすぐ歴史上初めての野村との株価逆転か」と盛り上がったらしい。ある野村幹部は「ノミナル(名目的)な株価の水準が逆転しようと何の意味があるのか」ともっともな理屈で反論するが、ひところは考えられなかった大和との株価の急接近ぶりに心中は穏やかでなさそうだった。
 専門家であるアナリストの見方も、野村と大和の株価の急接近を裏付ける。JPモルガン、クレディ・スイス、モルガン・スタンレー……。野村と大和をカバーしている証券会社のアナリストの意見を聞くと、「今は野村株より大和株」で一致する。理由は各アナリストともほぼ同じ。野村に比べて大和はBPS(一株純資産)のき損リスクが小さいためという。
 大和は時期は未定ながら、09年1〜3月期決算以降、自己勘定で投資した三洋電機株のパナソニックへの売却により、約1000億円に達する売却益という「臨時収入」が入ることが確実。クレディ・スイス証券の大野東アナリストは「野村は今後の増資や赤字継続によるBPSの低下リスクが残るため、厳しい事業環境が続く間は、大和のほうが投資妙味が大きいだろう」とみる。
 野村よりも大和を評価する現在の株式市場は、投資家が企業の経営のリスクを一切許容できなくなり、いわば「マーケットの保守化」が極端に進んでいることを示しているように思えてならない。
 英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙は昨年12月末に掲載した記事で、野村によるリーマンの部門買収を「dud」というひと言で切り捨てた。辞書を引くと「不発弾、失敗」とある。そう結論づける根拠は「野村はリーマン社員のつなぎ留めに法外な人件費のコストを払い、その結果、今期は赤字になる」からという。
 日本企業のM&Aの歴史を見渡しても、ほとんど前例のないような買収案件の評価を今期の業績だけで評価するのはどうだろうか。買収のためのコストが先行するのはあらゆるM&Aに共通する。しかも破綻後に買収に動いたため、リーマンが健全だったころには数千億円はかかったとみられる買収費用はほぼゼロに抑えた。
 それでも総額で20億ドル(約1800億円)に達する「リテンション(継承)フィー」と呼ぶ移籍を納得してもらうために旧リーマン社員に支払いを保証したボーナスなどのコストは発生する。野村が昨年9月にリーマン部門買収を発表してからまだ半年も経過していない。リスクを恐れる余り、今の市場は近視眼的になっていないか。
 ちょっと視点を変えてみよう。もし野村がリーマンの部門を買収していなかったら、この先どうなっていたのかと――。
 この点については、野村の社内の意見は上から下までほぼ一致している。リーマンなかりせば、その先にあるのは、グローバリゼーションのど真ん中で日々競争を繰り広げる日本企業や投資家のニーズに応えられない「大いなる地場証券」への転落だったろうと。
 「ようやく我々が本当に使ってみたいと思える会社になりましたね」。買収後、ある野村の幹部は担当する顧客企業の経営者から一様にこう声をかけられた。自動車、電機、医薬品……。海外展開を早くから進めてきたメーカーをはじめとする日本企業の多くは、海外でM&Aを仕掛ける場合にリーマンの投資銀行部門を使った経験がある。それ故に「2流」だった旧野村の海外拠点と、リーマンのインベストメントバンカーらの実力がいかに違うかも知っている。リーマンの部門買収を機に、野村はこれまで海外市場の荒波の中で戦ってきた日本の製造業に、ようやく追いついたということだ。
 ある野村幹部は言う。「海外金融機関との提携、出資、合弁設立そしてブティックの買収……。バブル期以降、野村は海外事業を伸ばすためにおよそ考えられるすべてのことをやってきたが、残っているのは失敗の記憶だけだ」と。そしてこう続けた。「リーマンというウォール街の名門投資銀行の社員をまとめて採用できるという機会は、野村徳七の創業から80年余り、ずっと待ち続けたチャンス。これが失敗してしまえば、もう野村には海外事業など永久に無理ということだ。それはすべての社員が分かっていると思う」
 ある野村首脳に現在の野村株について感想を聞くと、「あと2〜3倍はあっても全然おかしくないと思うけどね」と切り返した。未曽有の厳しい市場環境が続く中で、野村の抱く「夢」は「誇大妄想」に終わる可能性もある。だが株式市場はこうした成長への夢をサポートするのが本来の役割ではないだろうか。